松月の歴史〜創業80年 その5【戦中戦後】
2008年07月05日

【戦前の旅館裏手の海岸】
侵蝕がはじまる前の海岸。昭和初期。今も昔も目の前が砂浜でした。白砂青松の皆生温泉の通り、松林の中に松月はありました。

【戦後すぐのころの海岸】
目の前の海水浴場で遊ぶ2代目(右)と3代目女将(左上)

【昭和22年に完成した第一突堤】目の前の海岸は侵蝕という危険もはらんでいました。以前より盛んに行われていたたたら製鉄が大正年間に終わりを告げ、日野川よりの土砂の流出がとまったため、昭和7年ごろより海岸が侵蝕されてきました。昭和10年には一号源泉が水没。昭和13年には薬師堂が波浪により倒壊。松月も軒の下まで海が洗う時もあり、建物の流出の危機がたびたび繰り返されていました。戦前は侵蝕に対して自然のなすがままでした。
いわゆる「とうふ岩」と呼ばれるブロックを海岸線に対して垂直に突き出す防潮法
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