松月の歴史〜創業80年 その6【荒波との戦い】

2008年07月06日

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【侵蝕される海岸と松月】
軒下まで波に洗われている。建物自体の流出の危機が続いた。昭和初期。


 戦後の激動期は、物資のままならぬ時代を乗り越え、料理旅館として地元の皆さまにかわいがって育てていただきました。皆生温泉も温泉地として発展し、終戦当時は当館を含めわずか7軒しかなかった旅館の数も昭和20年代末になると多くの旅館がぞくぞくと開業して17軒になりました。

 戦後になり、懸念であった海岸侵蝕に対してようやく防潮堤工事が着工されました。まず昭和22年に松月前に第一突堤が完成。いわゆる「とうふ岩」と呼ばれるブロックを海岸線に対して垂直に突き出す防潮法です。しかし、この突堤も建物流失の危機を防ぐことはできませんでした。その後幾度も旅館建物が流失の危機に見舞われ、ようやく海岸線の後退を防ぐことができたのは昭和46年に着工された現在の離岸堤(テトラポット)が完成してからでした。現在も皆生海岸の代名詞となっている海岸沖合100メートルに海岸線に平行に離岸防波堤を設置することにより、長年にわたる自然との闘いに終止符が打たれました。
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【縁側のすぐそこに波が】
上写真の室内から海を撮った写真。右側に突堤が見える。昭和22年の「とうふ岩」より前の突堤だろうか。


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usagi1100 at 07:28 │この記事をクリップ! 松月の歴史